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競技レポート

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「人生で一番楽しかった」。井谷俊介が世界のファイナルで感じた「達成感」 パラ陸上世界選手権2019

レースを終えた井谷の表情は晴れやかだった(撮影:越智貴雄)

 陸上を始めて2年の若者が、世界選手権で決勝に進出した。種目は、世界の猛者たちがひしめく義足の短距離種目だ。自身の力を出し尽くした達成感、それでも先をゆく海外選手に対する脱帽。初めての世界選手権。それも決勝の舞台を、井谷俊介(SMBC日興証券)は思う存分、楽しんだ。

有言実行のファイナリスト

力走する井谷(撮影:越智貴雄)

「世界選手権での目標は、最低でも入賞。あわよくばメダルです」

 今年の7月下旬に開催されたジャパンパラ陸上の競技後、井谷は報道陣に対してこう語っていた。

 それから約4ヶ月後。

 アラブ首長国連邦のドバイで開催されたパラ陸上の世界選手権。世界大会初出場となった井谷は、個人種目で出場した100m(T64)、200m(同)で、いずれも決勝の舞台に立った。

 アジア記録保持者、昨年のアジアパラ競技大会の覇者として、宣言通り“ファイナリスト”となったものの、結果は8位(100m)、7位(200m)。各種目「4位以内」に与えられる東京パラリンピック出場の「内定」を得ることは叶わなかった。それでも、レースを終えた彼の表情は晴れやかだった。

「今の自分のベストを出せたんじゃないかな、と。海外勢には及びませんでしたが、これが今の実力かなと思います。(有力選手で)欠場した選手もいましたが、短距離2種目でファイナルまでたどり着けたことは実力と言って良いと思います。この舞台で走れたことがすごく楽しかった。人生で一番楽しいんじゃないか、という経験ができました」

猛者たちを相手に貫いた自分の走り

力走する井谷(撮影:越智貴雄)

 100m、200mともに、決勝で肩を並べたのは、世界の義足スプリンターの猛者たちだ。

 200mでは、優勝したロナルド・ハートッグ(オランダ)や、ミハイル・セイティス(ギリシア)らが、コーナーを抜けた後から加速し、後続を置き去りにした。100mでは、両足義足のヨハネス・フロアース(ドイツ)が後半に爆発的なスピードを見せ、予選から世界記録(10秒54)をマーク。観客の度肝を抜いた。いずれも、井谷の1秒前後、前方をゆく。

 そんなスプリンターたちと競う中で、井谷はレースの度に成長していた。それは200mの決勝後、冷静にレースを振り返る姿からうかがい知ることができた。

「今までは、無理やり加速しようとして、身体が力んでしまっていました。だから、脱力しながらも100%で走って、さらにワンランク上のギアに切り替えていくことを前日から意識していました。イメージ通りの走りができたように思います。ただ、海外勢の加速感は身を持って感じたので、その点がまだ自分の弱いところかな、と」

「海外選手を意識しすぎると、余計に力んでしまう。極力意識しないようにして、自分のレーンだけに集中していました」

“最短距離”で伸ばしてきた実力

スタート前、集中する井谷(撮影:越智貴雄)

 井谷は、世界選手権に向けて「スタート時の姿勢」、「足の運び方」、「義足の踏み込み」を特に意識してきたという。結果として、100m、200mともに、スタートから中間点までの走力は、海外勢にも劣らない力を身に着けてきた。さらに、今季から200mにも取り組み始めたことで、レース後半の力みを抑え、リラックスする術も体得しつつある。

「スタートに関して特に取り組んできたのが“前傾姿勢で出る”ということです。スタートしてからすぐに身体を起こさないということですね。さらに、足をしっかり引き上げて、身体の前でさばけるようにする。さらに、義足を潰すように踏み込んで、地面からの反力を最大限に得る。そのかいもあり、(100mの決勝では)力強くスタートすることができていたように思います」

 指導する仲田健トレーナーのもと、日本のトップスプリンターである山縣亮太(SEIKO)とも練習を共にしてきた。2018年の11月には、義足スプリンターによるイベントの為に来日した海外選手と情報交換に励んだ。

 昨年の冬、井谷はこんなことを話していた。

「山縣さんの走りを見ていると、結構(足を)前でさばいているんですね。仲田トレーナーも、『義足だから』と特別なことは言わない人で、どちらかというと“走り方”に重きをおいた指導をしてくれる。山縣さんからも、『太腿の部分で足を動かせ』と言われています」

「義足の踏み込みについては、昨年の11月に、(来日した)アメリカのリチャード・ブラウン選手にアドバイスをもらいました。『太腿の裏にギュッと力を入れて、義足を押しつぶす』と。筋力が必要なので、日本人のスプリンターでそれができている人は少ない。だから、筋力強化にも取り組んでいます」

 一連の強化ポイントは、短距離走におけるベーシックな要素でもある。恵まれた練習環境と、海外選手との接点から、井谷は最短距離で力を伸ばしてきた。

「楽しかった」だけでは終わらせない

レース前の表情(撮影:越智貴雄)

 井谷は陸上をはじめて2年あまり。ゼロから始めた競技で、世界選手権の決勝まで到達した。

 井谷を指導する仲田トレーナーは、今大会の井谷のレースを見て、こう話す。

「短時間でここまで結果が出たのは、彼の努力があったからこそ。ただ、今のままでは、東京パラリンピックに出場できたとしても決勝に残ることが難しいと思います。海外選手の走りを見ていると、(井谷には)絶対的にパワーが足りていないですね。義足の使い方についても、反力を得るために押し込む力がケタ違いだと思いました」

 井谷は、これから冬季のトレーニング期間に入っていく。

「この冬、仲田トレーナーとどこまで追い込めるか。それが、来シーズンに向けた一番の鍵になってくると思う」と息巻く。

「今回、世界選手権で『楽しい』と思えた。これが地元の東京、なおかつパラリンピックという舞台では、もっと楽しいと思う。ただ一方で、(海外選手の)背中を追いかけて、悔しい思いもありました。今度は彼らに肩を並べて、あわよくば最後かわせるようなレースをしたい。今回は『楽しかった』で終わっても良いかもしれないけれど、来年はそれだけで済ますことはできません。必ず満足できる結果を残せるように、この冬頑張りたいと思います」

 今大会でパラリンピック出場の「内定」を得ることができなかった井谷は、2020年の3月時点の世界ランキングに基づいて、出場の可否が決定する予定だ。

 陸上を始めて2度目の冬季トレーニングが、東京パラリンピックの準備シーズンでもある。

 短期間で日本、アジア、世界と駆け抜けてきた井谷は、集大成に向けて、いよいよ、最も重要な時期へと突入していく。

(取材・文:吉田直人)

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