鈴木朋樹、“世界のモンスター”相手につかんだ「自信」と感じた「楽しさ」 パラ陸上世界選手権2019
11月7日にドバイで開幕したパラ陸上の世界選手権。大会6日目の12日、個人種目の全レース(全てT54クラス)を終えた鈴木朋樹(トヨタ自動車)は、こう振り返った。
「世界最高峰の舞台で、世界のモンスターたちと一緒にこれだけ多くのレースができたことは、きつかったけれど、スポーツの楽しさを再確認することができました」
今大会で目標としていた上位入賞には至らなかった鈴木だが、掴んだ自信は決して小さくはない。そして、目の前に突き付けられた予想以上の高い壁にも、鈴木はそこに挑戦することに胸を高鳴らせている。「鈴木朋樹」というランナーの真骨頂は、そこにある。
実感した世界トップクラスの「スタート力」
各種目4位以内の入賞者には東京パラリンピックの出場国枠が与えられる今大会、本気モードのトップ選手たちが世界から集結し、熾烈な争いが繰り広げられている。そんななか、今年4月のロンドンマラソン(パラ陸上のマラソン世界選手権)で銅メダルを獲得し、日本人パラ陸上車いすアスリートでは唯一の“東京パラ内定者”として今大会に臨んだ鈴木。彼には、今大会で果たしたいことがあった。
一つは、世界が躍起になって狙ってくる「4位以内」に入ることだ。これが、来年の本番で目指す「メダル獲得」という競争ラインを越える自信とリハーサルになると考えたからだ。
そして、もう一つは「スタート」だ。これまで最重要課題として強化してきたスタートでの加速力を発揮し、自らがレースの主導権を握るような展開にすること。それは、速い選手の後方につき最後の“まくりでの逆転”に賭けることしかできなかった、実力不足に加えて消極的だった自分からの脱却を意味していた。
鈴木は、現在世界の頂に君臨するダニエル・ロマンチュク(アメリカ)と、マルセル・フグ(スイス)の二人を除けば、自分には世界トップクラスのランナーの中でも負けないスタート力が身についていると考えていた。
すると最初の800mで、その実力を強く印象付けた。ロマンチュクとフグ以外、鈴木のスタートの加速力に及ぶ者は誰一人いなかったのだ。本人も「スタートに関しては、100点満点」と語り、これまでのトレーニングの成果が出たことに、大きな自信を得ていた。
一方、スタートの加速力を身につけると同時に、「他力本願ではなく、自分で勝ちを取りにいく」という積極的な姿勢が、アクシデントから身を守るかたちとなったのが、1500m予選だった。
後方の選手たちに風よけや体力温存のために利用されることも厭わず、鈴木は身につけてきたスタートでの加速力をライバルたちに見せつけるかのように遺憾なく発揮して先頭争いに加わり、上位をキープしながら走り続けた。そして、残り1周の鐘が鳴り響くと、後方の選手たちがここぞとばかりに猛追し始めてきた。前方を行く鈴木たちも加速し、レースは激しさを増していった。
すると突然、アクシデントが起こった。バックストレートの途中、目測を誤ったのか、前のランナーと接触した一人が転倒。その後に続いていた二人も、猛スピードの中、避けきることができずに巻き込まれてしまったのだ。
一方、鈴木は後ろでクラッシュが起こっていることはわかっていたという。だが、最後まで自分にだけ集中し、トップとほぼ並ぶかたちで2位に入り、決勝進出を決めた。レース後、鈴木はこう語っている。
「自分からレースのリズムやペースを作っていったからこそ、ラストラップに備えられました。正直、前回の世界選手権までの自分の実力では、後ろについていくしかなかったので、今回のクラッシュにも巻き込まれていた可能性は高かったと思います。でも、自分から先頭に立って、レースをコントロールするだけの力がついてきたからこそ、クラッシュを避けられたのだと思います」
東京パラ最後のリハーサルは「大分国際車いすマラソン」
今大会、目標の一つとしていた「4位以内」には入ることはできなかった。とはいえ、全3種目で予選を突破し、800m(8人中8位)、1500m(11人中8位)ではファイナリストの一人として決勝のレースを走った。さらにこれまで専門外としてきた400mでも厳しい予選を突破し、最低ラインと考えていた準決勝に駒を進めたことは、経験値としてプラス材料となることは間違いない。
そして何よりも、強く印象に残ったのは、全レース後に見せた爽快な表情と言葉であり、それらに垣間見られたアスリートとしての逞しさだった。
確かに戦績のうえでは結果を残すことはできなかった。特にある程度の自信を持って臨んだ800mでの最下位は、想定外だったはずだ。いくらスタートでの加速力があっても、高速を維持するスタミナ、そして位置取りでの勝負に勝つだけのパワーや技術、さらには最後の爆発力がなければ、決勝は単なる進出しただけに留まり、そこで勝負することはできない。そのことを嫌というほど味わったに違いない。
開幕前、鈴木は世界トップクラスのスタート力を身につけ、ようやく世界のトップ選手たちに追いついたと思っていた。だが、800m決勝レース、最後のホームストレートで小さく見えるトップ選手の背中を追いかけながら「まだまだこんなにも遠かったのか……」と感じたという。
だが、その800m決勝レース後でさえも、鈴木の表情に落胆の色はなかった。そればかりか、予想以上のレベルの高さに高揚感を覚えているようにさえ感じられたのだ。それはなぜなのか。
鈴木がインタビューで何度も口にしたのは「世界のモンスターたちとのレース」という言葉だった。そして、その言葉を口にする際、必ずと言っていいほど、鈴木は笑顔になった。いつものクールな表情から、まるで少年のような顔つきに変わるのだ。世界の大舞台でトップランナーたちとの真剣勝負が、鈴木には楽しくて仕方ないのだろう。もちろん負ければ悔しい。だか、頂が高ければ高いほど、ライバルたちが速ければ速いほど、鈴木には嬉しくてたまらない。挑戦する価値がそこにこそあるからだ、
さて、鈴木の挑戦はまだ終わりではない。来年の東京パラリンピックに向けての“リハーサル”として位置づけた2019年。トラックでのリハーサルを終えた鈴木が次に迎えるのは、パラリンピックの最終種目であるマラソンでのリハーサルだ。
17日に開催される「大分国際車いすマラソン」には、日本人トップランナーたちはもちろん、海外勢も多く出場する。まさに東京パラリンピックのリハーサルにふさわしい舞台となる。
「東京パラリンピックでは、トラック競技の後、最終日にマラソンがある。その東京パラリンピックよりも、今回(世界選手権を走り終えて帰国後すぐに大分でのマラソンに出場)はつらいスケジュールですが、これを経験しておけば、来年は楽に感じることができると思うんです。フライトがある分、体はきついと思いますが、きちんとリカバリーをして、良い状態で臨みたいと思っています」
東京パラに向けたリハーサルのラストを飾る大分で、鈴木はどんな走りを見せるのか。成長著しい若きランナーへの期待は大きく膨らむばかりだ。
(文・斎藤寿子)