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競技レポート

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瀬立モニカ、世界の“3位争い”に加わる好タイム パラカヌー世界選手権2019

女子200メートル予選(KL1クラス)で、自身の持つ記録を大きく縮めた瀬立(撮影:越智貴雄)

 瀬立モニカが、ついに“開花の時”を迎えたーー。
 2019年8月21日、パラカヌーの世界選手権がハンガリー・セゲドで開幕した。パラカヌーでは上位6人に来年の東京パラリンピックの切符が与えられる重要な大会。瀬立も「この日のために万全の準備をしてきた」と語り、世界の強豪たちとの勝負に挑んだ。予選が行われたこの日、瀬立はこれまでの彼女とはまったく次元の違う強さを発揮。200mを「54秒61」という好タイムで走り抜けた瀬立。そこには、真の意味で世界と勝負するステージに立ったアスリートの姿があった。

好タイムの予感がしたスタートの表情

 午後3時40分。5人の選手がスタート地点についた。大型スクリーンに映し出された瀬立は精悍な表情をしていた。実際には見えないものの、サングラスの奥に鋭いまなざしがあることは容易に想像することができた。

 スタート直前、一瞬、大きく口を膨らまし、瀬立は思い切りよく息を吐いた。そんな仕草の一つ一つが高い集中力を示しているように思えた。落ち着きのある、いい緊張感が漂っていることが、200m離れたところからも感じられるほど、瀬立はいい表情をしていた。

 今大会、瀬立のクラス(KL1)には10人がエントリーしている。まず5人ずつ2組に分かれて予選が行われ、各組の上位3人ずつ計6人が決勝に進出。そして4位以下の計4人で準決勝が行われ、その上位3人が決勝メンバーに加わる。決勝は9人で行われ、上位6人には東京パラリンピックの出場権が与えられるという形式だ。

 東京パラリンピックへの第一歩となる予選、瀬立は厳しい方の組に入っていた。今年、驚異的な数字を叩き出しているMaryna Mazhula(ウクライナ)。さらにリオデジャネイロパラリンピック金メダルのJeanette Chippington(イギリス)と、同銀メダルのEdina Mueller(ドイツ)という欧州勢が顔をそろえていた。

 しかし、スタート地点に立った瀬立には弱気や恐怖心はなかった。
「こんなにもズラリと速い選手たちがいる中でレースができるのが楽しみで、ワクワクした気持ちでいました」

重要なのは相手ではなく、自分自身。練習で作り上げてきたピッチのリズムを、最初から最後まで淡々とこなす。それだけを考えていた。

ゴール直前まで続いた三つ巴の3位争い

 その集中力が、好スタートを生み出した。
「これまで練習で、どの姿勢が一番良くスタートが切れるのかを研究してきました。その結果、少し前傾姿勢をとり、脇を軽く締めて、自分の体の近くで漕ぐというのが一番いいと。それが今回、うまくはまりました。でも、それは偶然ではなく、想定通りのスタート。これまでの中でも一番良かったと思います」

 そして、スタートを切った後も、戦略プランを用意していた。前半での最重要ポイントは、75mから100mの間にあった。そこで瀬立は4回ほどの“抜き”を作っていたという。

「勝敗のカギを握る後半に力を温存しようという考えでの戦略です。ピッチもストロークも変えずにスピードを維持したままで、力を抜いて温存する漕ぎ方を練習してきました」

 その成果は、しっかりと表れた。ゴール直前まで瀬立を含めた3位争いは三つ巴の様相を呈した。果たして結果はーー。

「あぁ、負けた……」
 ゴールした瞬間、3位争いに敗れ、瀬立は5人中最下位に終わった結果に悔しさがこみあげてきた。

 しかし、「54秒61」というタイムを知ると、悔しさを残しながらも、喜びがわいてきた。昨年までは1分を切ることが目標だった瀬立は、今年5月のワールドカップでは59秒台を出していた。さらに練習では56秒台を出すこともあり、そのあたりが目安になると考えられていた。54秒台は、そんな予想をはるかに超えた好タイムだった。

とはいえ、これは決して偶然に出たタイムではない。
「この夏は、ハンガリーに旅立つ前に、天に旅立ってしまうんじゃないかと思うくらいに苦しい練習を積んできました。その練習の成果が出たのだと思います」

反省点は伸びしろがある証拠

大会初日を終え、ホッとした表情を見せる瀬立(撮影:越智貴雄)

 結果的に3位に入ることはできず、瀬立はこのレースで決勝進出を決めることができなかった。だが、2組合わせると瀬立は全体の6位につけている。しかも3位から8位までは同じ54秒台。0.72秒内に6人がひしめき合っており、誰が勝ってもおかしくはない状況にある。

そして、これは瀬立にとって初めての経験だという。競技を始めたばかりのビギナー選手には大差で勝つことはあっても、パラリンピック出場を狙うようなトップ選手には、これまで一度も勝ったことがなかった。だが、今回は熾烈な争いの中にしっかりと加わり、54秒台を出した6人の中の3番目につけている。

「あぁ、レースをするってこういうことなんだな。競り合うって、こんなにも楽しいものなんだなと初めて思えました。ようやく来たなぁという感じです!」

 もちろん、反省点もある。150mを過ぎたあたり、特に最大の勝負どころであったラスト20m、瀬立はそれまで変わらないリズムを打っていたピッチの速さにやや遅れが生じていることを感じていたという。それが準決勝、決勝での課題だ。

 しかし、課題があるからこそ伸びしろがあるとも言える。

 大会2日目の22日に準決勝があり、そこで上位3人に入れば、決勝進出が決まる。そして、決勝は24日。6位以内に入れば東京パラが内定する大事なレースとなる。決して楽観視することはできないものの、世界と勝負することのできる実力が証明された今、東京パラの切符がかかったレースで瀬立を目にするのが待ち遠しい。

(文・斎藤寿子)

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