たった1人の悩みから作り出された服 “041” とは?
まもなく梅雨シーズンの到来だ。ジメジメした毎日を思うと、気が重くなる人も多いはずだろう。
「雨の日は傘をさせばオシャレもできるんでしょうけど、僕らは到底無理な話」
そう話すのは、パラアイスホッケー日本代表選手の上原大祐だ。生まれつき二分脊椎という障がいがあり、30年以上も車椅子で生活を送っている上原は、雨の日は数少ない選択肢から濡れてもいい服をセレクトせざるを得ない。
「傘をさすと片手を奪われるので、両手で車椅子をこぐ僕らは移動できなくなってしまう。車椅子用のカッパもありますが、タイヤの水ハネも気になるし、見た目も、まるでてるてる坊主みたいでダサい。雨の日は憂鬱なんですよ」と浮かない表情を見せる。
5月16日、東京・汐留に姿を見せた上原が身にまとっていたのは、そんな憂鬱を吹き飛ばすようなミリタリーコートだった。一見すると定番のコートだが、実は車椅子ユーザーの悩みを解決する隠れた工夫が施されている。開発したのは、株式会社ユナイテッドアローズと、ソーシャルユニット「Social WEnnovators」が立ち上げた新レーベル「UNITED CREATIONS 041 with UNITED ARROWS LTD.(ユナイテッド クリエイションズ オーフォアワン ウィズ ユナイテッドアローズ)」だ。
さらばマスマーケティング
レーベル名にある「041」は、「ALL FOR ONE」を表現する。誰か一人(ワン)が抱える未解決の課題に徹底的にこだわり、新たなモノやサービスを作り、社会(オール)に届けるという思いが込められたものだ。そして、「041」のファッションプロジェクトは、障がいがある人々を起点に6パターンの服を開発し、ファッション界では異例の着想を持って生み出された。「大量生産・大量消費・大量破棄のアパレル業界へのチャレンジ」と企画者の一人である澤田智洋さんは話す。
「1970年台から80年代は、広告代理店がマスメディアと結託して消費者に雰囲気で物を買わせてきました。『これ買うとステータスが上がる』というブランディングをして物を売ってきました。ブランディングは魔法のようなもので、魔法は解け始めたんです」
作れば売れるというような高度経済成長期であれば、大ヒット商品を生み出す一定の法則があったという。企画販売数を設定し、ユーザーのモニタリングを実施して、有名人を使って広告を打つ。大量生産すれば価格が抑えられる。こうして消費を誘ってきた。
一方、このプロジェクトはというと、徹底的に一人の悩みをヒアリングし、それを一つずつ解決しながらデザインに落とし込み、理想形を作り上げる。未だ解決されていない悩みや課題には発明のヒントがある。
そして、上原のために生みだされたのが「後ろが外せる2wayコート」。ファッショナブルでありながら機能性にもこだわった晴雨兼用のコートで、雨の日は背中の下半分を取り外すことができる仕様だ。車いすに座った際にコートの裾が車輪に巻き込まれる心配もない。背中がゴワつくこともない。取り外した部分はフットカバーとしても使える。車椅子以外の人が使用するときは、背中の部分を取り外さず使用することができる(2way)。
「服の歴史をたどると、怪我も含めて障がいを持った人たちのために考案されたファッションが数多くあります。その代表がカーディガンです。諸説ありますが、クリミア戦争の時に誕生したと言われているカーディガンは、羽織るだけで簡単に暖をとれる防寒着として負傷した兵士の間で広まったといいます。肩から滑り落ちにくい利点もあって、今では世界の人に愛用されています。「041」ファッションのプロジェクトは第二のカーディガンつくるのが目標です」(澤田さん)
さらに、今回のプロジェクトの特徴は、完全受注生産方式ということ。「041 FASHION」のサイトですでに注文受付はスタートし、5月末までに注文が一定数を超えれば製品化に結びつく。逆に至らなければ“お蔵入り”というわけだ。過剰なノルマや大量の在庫の問題などが指摘されてきた、アパレル業界の裏を行く。澤田さんはこう続ける。
「今はものあまり時代です。「041」で目指したいのは、雰囲気でつくるとか、売るためにつくるとか、トレンドに乗っかってつくるとかじゃない。一つ一つのものやサービスに、生まれた意味と「使命」を背負わせたい」。
チャリティではない、ファッションの原点回帰
この企画が発表された4月、マスコミ向けの記者会見が開かれた。ユナイテッドアローズ クリエイティブディレクション担当上級顧問の栗野宏文さんが出席し、「チャリティプロジェクトでは無いし、無理してでも買ってもらいたいとも思ってない」と言って会場の記者たちを驚かせた。
障がい者向けのファッションではない。障がい者一人ひとりを起点にしたファッションなのだ。栗野さんが至った考えはシンプルだった。「八頭身で金髪のモデルが着ることで創出される幻想を基準にし、欲望を喚起する様な風土がアパレル業界にはありました。それよりも、自分がそれを着ることで前向きな気持になり外に出ていきたい、と思える服を提供するファッションの原点に立ち戻りたいんです」。もともと洋服屋は店を訪れるお客一人ひとりに合わせたオーダーメイドから発展してきたもので、この企画は原点回帰とも言える。
さらに、栗野さんがこの商品づくりで自分のことのように気付かされたものがあるという。「中途障がい」だ。先天性ではなく、事故など生活中に患うものだが、広く考えれば歳を重ねて身体が不自由になるのも同じ状態だと栗野さんは話す。
「高齢者と障害者手帳を持つ人の数は4000万人を超える。今の自分のコンディションが死ぬまで続くわけではない。人生の途中で身体が不自由になったときに、今までの様にオシャレができなくなったら辛いですよね」 。
そして栗野さんは晩年の義父の姿を振り返ってこう続ける。
「根っからダンディな義父は綺麗なケリーグリーンのカシミアのセーターを着、帽子を小粋にかぶって車椅子に乗っていた。老人は老人らしく、男は男らしく、病人は病人らしくしなければいけないとかではない。自分がしたい格好を常にしておられた。格好良いに理由はない。オシャレにも理由がない」。
哲学者の鷲田清一は、優れた服飾デザインについて著書でこう残している。「すぐれたデザインは、時代の気分やマジョリティの生き方への、いくぶん斜にかまえた批判的意識、つまりは同時代に対するジャーナリスト的な感覚を、服のなかに縫い込んでいる」(「ちぐはぐな身体 ファッションって何?」ちくま文庫)。
「041」から生まれた服は、大量生産消費型の時代へ投じられた石となりそうだ。
※発売中の6着は5月25日(金)まで電通本社 1Fエントランス(東京都港区東新橋1-8-1)の展示会で実物を見られます。
文:上垣喜寛