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パラコラム

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日本のパラスポーツ事情と教育問題

「ZEN」代表の野島さん(右)は、子供達の自立心を育むことを目指しながら活動を行なっている(撮影:越智貴雄)

 子どもたちにとって「教育の成果」とは何なのか。親や教師、教育に関わる人にとっては、正解が存在しない永遠の問いである。

 客観的な指標を求めるなら、数字で示すしかない。生徒を集めたい高校は、有名大学への合格者数をアピールする。甲子園に出場、インターハイで優勝などといったスポーツの実績を示す学校も多い。

 だが、それは「教育の成果」なのだろうか。もちろん、学業でもスポーツでも良い結果を出すことは素晴らしいことである。一方で「良い結果=素晴らしい教育」ではないことも、また事実でもある。

 気になる数字もある。内閣府が米国やドイツ、韓国など7カ国の13~29歳を対象に実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」によると、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」の質問に「そう思う」と答えた日本人は51.5%にとどまった。80%を超えた米国やフランスに比べると極端に低い数字で、調査対象国のうちで最下位だった。若い人に限った話ではない。米国のギャラップ社が世界145カ国で実施した調査によると、仕事への熱意や職場への愛着を示す社員の割合が日本は5%。イタリアと並んで世界で最も低い水準にある。

 経済的に豊かな国で教育レベルも高いのに、日本人は自己肯定感が低く、困難に挑戦しようとする意欲がない──。これが「数字」から浮かび上がってくる日本人の姿である。

 さて、このコラムはパラリンピックがテーマである。これまでいろんな数字を紹介してきたのは、今の日本のパラスポーツの事情と教育の問題には共通する課題があると感じるからだ。

 オリンピックやパラリンピックが開催されると、金メダルをとった選手に注目が集まる。大会期間中は、国別の金メダル獲得数は日々報道される。実は、オリンピック憲章では、2021年までは「IOCとOCOG(大会組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない」との文言があったが、最新版では消えてしまった。平和の祭典であるはずのオリンピック・パラリンピックも、国ごとの「成果」について数字ではかることを容認したのだろう。

 2021年の東京パラリンピックでは、日本選手団は金メダル13個を獲得した。参加した168の国と地域の中で11位。前回のリオでは金が0であったことを考えると、自国開催のアドバンテージがあったとはいえ「大きな成果」に違いはない。では、東京パラリンピックは後の世代に“レガシー”は残せたのかというと、すぐに肯定できないモヤモヤもある。

 毎日新聞が22年に実施したアンケート調査よると、東京パラリンピック終了後に競技団体のスポンサーの撤退が相次いだという。アンケートに回答した全22競技23団体のうち、7割を超える団体が財源不足にあると回答している。

野島さんが主宰したハンドサイクルでの活動イベントの様子=2022年10月(撮影:越智貴雄)

 パラスポーツの普及を目指す民間団体の懐事情も厳しい。一般社団法人「ZEN」は、パラスポーツを通じて子どもたちの成長を支援する団体で、毎週のように車いすの子どもたちを集めてイベントを開催している。夏はキャンプ、冬はスキー。昨年秋には、車いすを使用する5人の子どもたちを集めてハンドサイクル(手こぎ自転車)の体験会を開いた。

 イベント開催の費用は、参加費や企業からの協賛金で成り立っている。スタッフはほぼ全員がボランティアだ。足りない部分は、代表理事の野島弘さんが講演などで得た謝礼で赤字を埋めることも多い。パラスポーツの普及をする自治体などの公共団体からの助成金をもらうこともできる。でも、その時に聞かれて困るのが、冒頭に紹介した「教育の成果」だという。野島さんは言う。

「車いすの子どもたちの自立心を育てるためにキャンプに連れていって、自然と触れ合う体験をしました。では、『その成果は何ですか?』と聞かれても、それは子どもによって違うわけです。幼い頃から傷害がある子どもは、親と離れて遠出をしたことのない子もいます。その子にとっては、親と離れて過ごすことだけでも自立のための挑戦ですよね。でも、みんなに共通する一つの“成果”を目指すと、子どもたちをまったく別の方向に行かせることになってしまう。それが、僕としては心苦しい」

子供たちが成長する上で大切なのは、目の前の壁を乗り越えようとする気持ちと話す野島さん(撮影:越智貴雄)

 野島さんは、パラアルペンスキーの元日本代表で、パラリンピックに2度選ばれ出場経験を持つ。選手としての第一線を退いた後は、日本チェアスキー協会でジュニアの普及活動をしていた。北京パラリンピックで日本選手団の主将として出場し、金メダル3個、銀メダル1個を獲得した村岡桃佳選手は、野島さんが小学生の頃から指導してきた選手だ。それでも、野島さんは「メダルが取れるアスリート」の育成だけを目指してきたわけではないという。

「どんなスポーツでも、トップに立てる選手は一部だけ。でも、スポーツを頑張ることは全員ができることです。この『頑張る』という部分をみんなが称えてあげれば、スポーツ以外の勉強や仕事でも頑張れるようになれると思うんです。ただひたすら高いレベルの技術を求めるだけでは、いつか挫折してしまう。大切なのは、目の前の壁を乗り越えようとする気持ちで、それを育てるにはパラスポーツが最適なんです」

 ZENでは、パラリンピックに出場できるほどの運動能力が高い子がいても、特別扱いはしない。かといって、運動が苦手な子ばかりをほめるわけではない。運動ができる子もできない子も、自分自身に挑戦し、壁を乗り越えようとする姿を応援する。障がいの程度が違えば運動能力に差があるのは当然だし、そもそも心も体も発達の途上にある子どもたちは、同じ年齢でも成長のスピードが違う。結果だけで子どもたちを評価することは、子どもたちの自立心を育むことを目指す野島さんにとって、やってはいけないことの最たるものなのである。

 野島さんは、「厳しい指導」を美徳とする日本のスポーツ指導にも疑問を持っている。

「日本人って、どのスポーツでも基礎を厳しく教えますよね。でも、指導者にとってそれは簡単なことなんです。厳しくして、怒鳴って、反復練習ばかりやれば上手にはなるのは当然。試合でも勝てます。しかし、それで通用するのは中学生まで。そのあとは伸び悩みます。もちろん、私も基礎を教えますが、それよりも子供たちが遊びながら勝手に経験値を集めてくることを重視しています。自由な発想で応用をきかせ、成長につなげることができた子どもは挫折に強い。そのための“きっかけ”を与えることが私のやりたいことです」

 東京オリンピック・パラリンピックでは、競技の結果という「数字」ばかり追いかけていた記者としては、耳の痛い言葉である。メダルの数や大会の結果にあらわれないものが、子どもの人生を変えることもある。目に見えない、数字にあらわれない“成果”や“レガシー”が、もっと評価される社会になってほしい。

取材・文:西岡千史

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