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パラコラム

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感動ポルノではない障害者ドキュメンタリーを撮る──「WHO I AM LIFE」の挑戦 / パラスポーツ進化論

WHO I AMチーフプロデューサーでの太田慎也さん(撮影:越智貴雄)

 IPC(国際パラリンピック委員会)とWOWOWによる共同プロジェクトとして2016年にスタートした「パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM」。パラアスリートたちの経歴や人生哲学に深く迫った作品は、国際エミー賞にノミネートされるなど、国内外から高い評価を受けている。

 その追加新シリーズとなる「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」が、1月29日(日)に放送開始(10時からスタート *初回のみ放送無料)となる。新シリーズは、アーティストやクリエイターなど、スポーツの枠を超えた人選が見どころだ。

 障害者をドキュメンタリーとして描くことは難しい。ストーリーがどうしても「辛い過去があったが、それを努力によって克服した」という構成になりやすいからだ。近年では、障害者を「かわいそうな人」と描くことは「感動ポルノ」と呼ばれて批判されている。

 WHO I AM制作チームのチーフプロデューサーである太田慎也さんも、番組開始当初は不安と試行錯誤の連続だったという。それが、障害者を描いたドキュメンタリーとして国際的な評価を得るまでには、どのような経緯があったのか。太田さんに聞いた。

* * *

──WHO I AMを見ていると、時間と労力をかけて、選手たちと深い関係を築いているのがわかります。WHO I AMが目指すものは何なのでしょうか。

 以前、あるインタビュー取材の時に、「WHO I AMって、結局は障害者のドキュメンタリーですよね」と聞かれたことがありました。悔しいけど、「そうです」と答えるしかありませんでした。でも、その後に僕は「この会話をなくすためにやってるんです」と言ったんです。

 人々の心の中に、障害者に対する“バリア”が失われたら、こんな会話は出てこなかったはず。誰の心の中にもある障害者へのバリアを壊したい。そのためにドキュメンタリーを作っているという思いが強いです。

──バリアが壊れたら、何が出てくるのでしょう。

 なんて言うのかな……。難しいですが、障害者や健常者という枠ではなく、「あの人は自分らしく生きていて、いいな」と感じでもらうことでしょうか。目が見えないのにサッカーをやって大変だ、義足なのに速く走れてすごいとか、日本社会ではまだまだ障害者のスポーツを「かわいそうな人たちが頑張っている」と見る人が多数派だと思います。でも、実際にパラ選手と接すると、それが間違いだったことにすぐに気づく。

 ブラインドサッカー・ブラジル代表のリカルディーニョは「僕にとっての“困難”はただ乗り越えるためにある」と言っていました。本当にそう。人間、誰にでも困難はある。僕自身、パラアスリートと接することで「自分はどうなんだろう」と考えることが増えた。障害があるとか、ないとか関係ないんです。

チーフプロデューサーの太田慎也さん(撮影:越智貴雄)

──太田さん自身も、最初は「多数派」の見方だったのですか。

 そうですね。WHO I AMの立ち上げに僕が参加したのは2015年でした。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決定したことで、WOWOWが世界中のパラアスリートのドキュメンタリーシリーズを制作することになったためです。とはいっても、パラスポーツの知識はまったくない。当時進めていた別の仕事を全部外されたこともあって、正直、不満もありました。

 それが変わったのが、15年7月にスコットランドのグラスゴーで開かれたパラ水泳の世界選手権に行った時でした。その前に取材した日本国内の大会は、お世辞にも盛り上がっているとはいえなかった。ところがグラスゴーでは、会場でアップテンポの音楽が流れ、MCの人たちが客席を盛り上げていた。世界選手権なので、選手たちは各国の代表ジャージを着ている。それを見て「すごいドキュメンタリーを撮れるかもしれない」と思うようになりました。

──太田さんが感じたことを、そのままドキュメンタリーにするということでしょうか。

 そうです。競技だけではなくて、終わった後のインタビューを聞いたり、ホテルで選手とすれ違ったりする姿を見たりしていると、「自分より人生をエンジョイしてるなあ」と思ったんですよね。

 障害者は困難な人生を歩んでいると決めつけていたのは自分だった。プライドを持って競技に取り組んでいるパラアスリートの姿はカッコよくて、家族や友人と一緒に目標に向かっている。「障害者を応援してあげないと」なんて思っていた自分が恥ずかしくなりました。

WHO I AM LIFEの撮影クルー(右)とヴィクトリア・モデスタさん/ 取材協力:大阪芸術大学アートサイエンス学科 渋谷慶一郎客員教授 (撮影:越智貴雄)

──障害者をメディアが取り上げると「人生の困難を克服した人」というストーリーになりがちです。WHO I AMは、どのようにして一線を画しているのでしょうか。

 取材対象のアスリートを「その人らしく撮りたい」ということを大切にしています。番組側が決めたストーリーに当てはめることはしません。だから、事前に構成も決めていません。一般的には、撮影の前に構成を考え、それをもとに指示を出すことが多いのですが、現場のスタッフにはそれをやらないでほしいとお願いしています。あくまで、選手との関係性を深めながら番組を制作していく。ディレクターは大変だと思いますが(笑)

 たとえば、車いす陸上女子のタチアナ・マクファデンさんは、生まれた時から両足が動かず、児童養護施設に入っていた。ソ連崩壊後の混乱で、施設には車いすもなかったので、逆立ちで歩いていた。ところが、逆立ちの生活によって両腕とそれを支える筋肉が発達し、車いすレーサーとして伝説的な強さにつながったわけです。

 メディアの人間なら、この話を聞いたら「これは物語にしやすい」と思うでしょう。ただ、それだけで番組を作ることはしません。困難な子ども時代だけではない魅力が彼女にはあるはずで、それを伝えたいからです。障害そのものを描くことはドキュメンタリーを制作するうえで避けて通れませんが、どのようにバランスを取って取り上げるかは、いつも議論をしています。

WHO I AMディレクター白井景子さん(撮影:越智貴雄)

──そうはいっても、制作側の立場としては「わかりやすい物語」を避けることは勇気のいる決断ですよね。

 やはり、最初は物語色が強かったですね。障害を負った人が並外れた努力でパラアスリートになり、最後は国際大会で素晴らしい成績をおさめた。あるいは、これだけ努力したけどダメだった……といった感じです。スポーツは結果が記録や順位といった数字で出るので、構成がしやすい。どうしてもそういう流れになってしまう。

 それが変化したのが、2016年のリオ・パラリンピック後でした。パラリンピックが終わると、大会に出た選手たちはみんなシーズン・オフなわけです。どうやってドキュメンタリーを作ろうかと悩んでいましたが、車いすフェンシング女子イタリア代表のベアトリーチェ・ヴィオ選手のドキュメンタリーを制作したことがターニングポイントになりました。

 そこでは、彼女の生き方、スポーツ選手以外にもグラフィック・デザイナーとして勉強していることなどをていねいに描かれていた。競技の勝った、負けたの話が少なくても、彼女の生き方、考え方にあふれたドキュメンタリーをチームが作ってくれた。そのことがとても大きかった。むしろ、こういったドキュメンタリーの方が、障害者へのバリアが壊せるのではないかなと思えるようになりました。

──WHO I AM という番組名が生まれた経緯は?

 番組名を決める会議をしていた時、「番組を通じて、視聴者が自分の人生について考えてもらえるようなドキュメンタリーにしたい」と漠然と考えていたんです。僕がグラスゴーで感じたことを、視聴者にも体験してほしかった。

 そんな時に、スタッフの一人が「WHO I AM」という案を出してくれました。直訳すると、「私自身」という意味でしょうか。パラアスリートが考える「Who I am」とは何か。それを語ってもらう。物語ではなく、その人の生き方や考え方を詰め込んで紹介するのがこのシリーズなので、良い名前だなと思いました。

──東京オリンピック・パラリンピックは2021年に幕を閉じました。それでもWHO I AMは終了することなく、1月29日から「WHO I AM LIFE」が始まりますね。

 東京大会が終われば、世間のパラリンピックの気運はトーンダウンしてくだろうと思っていました。しかし、WOWOWがその流れに乗ってWHO I AMをやめてしまったら、カッコ悪いなと思ったんです。だからこそ、「このシリーズを続けるWOWOWはカッコいいと思う」と企画書に書きました。ついでに、これまではスポーツ選手だけを取り上げてきたけど、もっと多様で良い。次のシリーズでは文化・芸術の分野で活躍する人も取り上げたいと考えしました。すると、GOが出たんです。ありがたかったです。

新シリーズWHO I AM LIFE(第1回放送:ヴィクトリア・モデスタさん)キービジュアル

──新シリーズでは、どのような方が登場するのですか?

 1月29日に放送される第1回は、ヴィクトリア・モデスタさんです。義足のモデルとして活躍されている方ですが、歌手でもあるし、宇宙に行くためのトレーニングもしている。本人に聞くと、バイオニック・ポップ・アーティストだと言うのですが、一言では言い表せません。

 ラトヴィアに生まれ、足の障害で子供の頃から何回も手術をしてきて、ロンドンに移住し、今は米国に住んでいる。もう、国籍なんて関係なく世界を舞台に活躍している。WHO I AMシリーズでは、「◯◯人」という表現は極力使わないことにしています。

 でもそれは、日本でも同じことです。たとえば、在日コリアンの人たちは、日本で生まれ育っているから当然のように日本語を話すわけです。でも、パスポートは韓国籍だったりする。日本には、在日コリアンの人もいるし、留学生もいるし、移住してきた人もいる。多様な人が社会を形成しているのに「◯○人」と括ることに抵抗感があって、僕は「日本で暮らす人たち」といった表現を使うようにしています。

──新シリーズでは、そういったことがより正面に出てくるのでしょうか。

 そうですね。第2回に出るアーティストのチェラ・マンさんは、トランスジェンダーであり、聴覚障害者です。ニューヨークに住んでいますが、中国系の父とユダヤ系の母のもとに生まれました。

 彼は、アジア系、ユダヤ系、あるいは聴覚障害者、トランスジェンダーとしてのアイデンティティがある。でも、彼はそれらのコミュニティについて、一部は共感できても、すべてが共感できる場所ではないと話す。では、居場所はどこにあるかというと「自分自身の中にある」と言う。こういう新しい感性をもっと紹介していきたいと思っています。

──ここまで密着したドキュメンタリーを制作するのは、費用がかかって大変だと思いますが、それでも続けている理由はどこにあるのでしょうか。

 たしかに、いわゆる高い視聴率が取れるわけでも、WHO I AMシリーズを通じて爆発的にWOWOWの加入者が増えるわけではないかもしれません。

 一方で、教育用の素材として大学などで講演をお願いされる機会が増えました。すでに100回ほど実施してきました。実際に、パラリンピアンを大学に呼んで、競技の様子を見せてもらったこともあります。教育教材として学校現場で映像が使用されることは、WOWOWとしてもとても幸せなことだと感じていますし、社会とつながることのできるシリーズだと考えています。

 目が見えなくても速く泳げる人はたくさんいる。スポーツができなくても、将棋が強い人もいる。でも僕は、簡単な料理ですらできません。となると「誰が障害者なのか」を決めているのは、社会の仕組みなわけです。そして、その社会を構成しているのが自分自身でもある。そういったことに気づいてもらえるようなドキュメンタリーを、これからも作っていきたいと思っています。

取材・文:西岡千史

新シリーズWHO I AM LIFEキービジュアル

【放送スケジュール】

「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」は、WOWOWプライム・WOWOW 4K・WOWOWオンデマンドにて、1月29日(日)10時からスタート(全3回・第1回無料放送)

・1月29日(日)午前10:00 ヴィクトリア・モデスタ(バイオニック・ポップ・アーティスト) ※無料放送
・2月05日(日)午前10:00 チェラ・マン(アーティスト)
・2月12日(日)午前10:00 マイケル・ハウウェル(作曲家)

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