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パラコラム

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パラアスリートが旅に出る⁈――NHK『ぼちぼち旅』がひらく、新しい風景

旅番組で旅人として起用された瀬立選手(左)と西コーチ(撮影:越智貴雄)

 2025年春、NHKで放送される車いすで全国の絶景を巡る新感覚の旅番組『ぐるっとニッポン ぼちぼち旅』が注目を集めている。

 車いすで移動しながら、ゆったりと旅を行う「ぼちぼち旅」。道中では、速さや効率を求める旅ではなく、景色をじっくり楽しみ、人と出会い、その土地に流れる時間を感じながら進む、“ニッポンの旅”の魅力を伝えていく新しいスタイルの紀行番組だ。

 旅人は、リオ大会から3大会連続でパラリンピックに出場しているパラカヌーの瀬立モニカ選手と、11年間にわたって彼女に並走してきたコーチの西明美さん。鹿児島県・桜島を舞台に、普段の競技とは異なる文脈のなかで、ふたりがどんな旅を経験したのか。一問一答形式で、旅の裏側や互いへの思い、番組の見どころを聞いた。

(NHK-BSでの放送は、4月28日(月)から5月2日(金) 午前7時45分~8時00分。※放送予定は変更になる場合があります。最新情報はNHK公式サイトをご確認ください。)

旅番組への出演⁈純粋にびっくりしました!

鹿児島旅で地元の方々と交流する瀬立選手(左手前)(写真提供:NHK)

──アスリートとは脈絡ない“旅番組出演”のお話がきたときの率直な感想は?
 
瀬立選手:純粋にびっくりしました。「旅番組に出るのっ!?」って(笑)。これまで、料理番組に出たことはありましたが、新しい境地を開けるのかと思うと、ワクワクしました。
 
──しかも、コーチの西さんと一緒の二人旅ですよね。
 
瀬立選手:普段からコーチとはいつも一緒なので、どこへでも行ける。そんな安心感がありましたね。

──旅にこれだけは絶対に外せない持ち物は?
 
瀬立選手:それは絶対体重計!毎朝、体重を測るのが習慣なので、測らないと気持ち悪いというか、旅のお供に体重計です(笑)
 
西コーチ:国内外の大会でもですが、私は、ビーチサンダルとおやつ。グミ、ラムネ、酢昆布、スルメとか……ちょっと臭うけど、小分けにして持って行きます。
 
──今回旅をして、印象に残った場所はありますか?
 
瀬立選手:どこの場所も鮮明に覚えているのですが、特に印象深かったのは、「新島(しんじま)」という人口2人の島です。10数年前に無人島になったこの島をイチから再生していく姿に感銘を受けました。なにもない状態から何か物事を作り上げていくという部分は、私たちも、カヌーでゼロからイチを作り出す作業をしてきたので、共鳴するものがありました。 そんな場所に、車いすで行けたことも嬉しかったです。

あえて知らないところにあえて飛び込む!

パラリンピックに3大会連続出場している瀬立選手(撮影:越智貴雄)

──車いすユーザーとして旅に出ることで、「これは新しいな」と感じたことは?
 
瀬立選手:車いすを使っている人とか、障害を持っている人って、自分の知ってるエリアの中で過ごすのが心地良いことが多いんです。例えば、「あのお店だったら車いすで入れる」「この道なら段差がない」とわかっている場所だと安心できます。逆に、何もわからない場所に行くのって、すごく恐怖心とか怖さがあるんです。健常者のように「ここ行ってみよう!」「あそこも面白そう!」っていう気軽さがないからこそ、余計に知らない場所に行く時の、踏み出す一歩がすごく大きくて重たいと感じています。
 
でも今回、あえて「知らない場所」への旅をしてみて、ハンドサイクルだったり、車いすを電動で動かせる取り外し可能な道具だったり、いろんな道具を使って、「こういうふうにすれば旅ができますよ」っていうことを、私自身が体験することで、多くの人に知ってもらえる良いきっかけになったかなと思います。 今は便利な道具が本当にたくさんあって、それを活用すれば、もっと気軽に自由に移動できるということを、この番組を通して証明できたらいいなと思います。

それに、旅ってやっぱり、「知らないところにあえて飛び込む」ものだと思うんです。それによって、自分の中に新しい感情が生まれたり、自信がついたり、人との出会いで価値観が広がったり、自分に吸収できるものが多くてすごくいい経験でした。

そして、鹿児島では、道具だけじゃなくて、“人の温かさ”を感じることが多くて。船に乗るとき、地元の漁師さんたちが、私の車いすを両脇から持ち上げて船に乗せてくれたり、肩をかしてくれたんです。
 
──旅で感じた、西コーチの意外な一面は?
 
瀬立選手:東京パラ前も、合宿地の沖縄でずっと一緒に暮らしていたこともあって、正直、お互いに見せれるものはもう全部見せ合ってきた感はあるんです。でもやっぱり今回改めて感じたのは、コミュニケーション能力が高いなぁっていうことですね。出会ったばかりの人にも、スッと懐に入っていけたり、いろんなものをいろんな角度から楽しめる強さみたいなものがあって、人としての魅力を改めて感じました。

お互いの存在は戦友

練習中の瀬立選手(左)と西コーチ(撮影:越智貴雄)

──お互いにとってどんな存在ですか?
 
瀬立選手:一緒に進んで成長していく仲間かなー、戦友みたいな感じです。戦いはしないけど。
 
西コーチ:私は健常者で、ちょっと早くカヌーをやっていた先輩なだけ。でも競技に向かうには、それぞれのプロフェッショナルがあって、それがちょうど波長が合ってうまく一緒に進める。それこそカヌーの戦いに挑む戦友だと思います。
 
──今後のお二人の目標は?
 
瀬立選手:これまでのパラリンピックの順位が8位→7位→6位ときているので、今度こそメダルが取りたい。これまで、メダルメダルと言ってきてまだメダルが取れていないので、自分に嘘はつきたくないんです。とにかく今よりも速く強くなって、どんな手を使ってでもメダルをとって形に残したいです。
 
西コーチ:確実にメダル獲得!

旅の相棒として満点超え!

練習ではいつも西コーチが瀬立選手を伴走する(撮影:越智貴雄)

──旅の“相棒”として、お互いに点数をつけるなら100点満点で何点?
 
瀬立選手:100点満点から20点プラスして、120点!
 
西コーチ:今回、寒い中で過密スケジュールの中でも、かき氷を食べに行きたいって言い出す、前向きさがすごいなと。私に頂いた120点に+10点して130点です。負けるが勝ち。
 
──最後に、番組の中で「ここをぜひ見てほしい!」というところがあれば教えてください。
 
瀬立選手:全部良かったんですけど……やっぱり桜島の「表情」をぜひ見てほしいです。桜島って北岳と南岳という2つの山があって、形がちょっと違うんですよ。その姿をいろんな角度から、いろんな場所から桜島をバックに旅をするので、その表情を見てほしいと思います。そして、私は、最初は「噴火のリスクがあるのに、なぜ、ここに住んでいるんだろう?」と思ってたんです。でも地元の人たちと話す中で「桜島を守りたい」とか、「桜島には妖精がいるんだよ」とか。この場所に暮らす人たちの思いや、桜島への愛情みたいなものを、私自身すごく受け取ったので、それを番組を通して皆さんにも感じてもらえたら嬉しいなと思います。
 
西コーチ:やっぱり私も、桜島を愛している人たちに注目して見てほしいかな。私たちが都会にいるからではないですが、本当に桜島の人たちの思いが強かったなと思います。そこに心を打たれました。
 
瀬立:あと、絶対食べて欲しいのが「桜島大根」!!本当にめちゃくちゃ美味しくて、大根の概念が覆ります(笑)

お二人のプロフィール

・瀬立モニカ選手プロフィール

1997年11月17日生まれ、東京都江東区出身。水泳をはじめとするさまざまなスポーツに親しみ、中学から江東区カヌー部に所属。東京国体出場を目指していたが、高校1年生の体育の授業中の事故により、両下肢および体幹に機能障害を負う。その後、パラカヌーに転向し、2016年リオパラリンピックで8位入賞。2021年の東京パラリンピックでは7位入賞。2024年のパリパラリンピックでは6位入賞。現在はパラマウントベッド株式会社に所属し、競技活動を続けている。
 
・西明美コーチプロフィール

1968年11月19日生まれ。日本体育大学でカヌー競技を始め、大学4年時にはインカレ(全日本学生選手権)でリレーを含む4種目を制覇し、学生チャンピオンとなる。
卒業後はドラゴンボート競技にも取り組み、チームに所属して日本代表に選出された。2014年、瀬立モニカ選手が高校2年生の時からカヌー指導を開始。以来、パラリンピックをはじめとする国際大会でも、コーチとして瀬立選手を支え続けている。

取材・文:越智貴雄

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