19歳で初当選 アスリート兼市議会議員のドイツ人メダリスト〜東京パラリンピック
トップアスリートでありながら、“現役”の議員のドイツ人選手がいる。身体は小さいが、選手も議員もやってのける志高きドイツ人メダリストを取材した。
20万人フォロワーの人気者
「やらなきゃ」の義務感より、「やりたい」という、好奇心の塊のような選手だ。
掃除機のパイプをマイク代わりに歌ってみたり、ガールフレンドとショートコントをしてみたり、SNSで笑いを誘う投稿を続ける。
「投稿するときは、トレーニングが順調なタイミングだけ。調子が悪いのに呑気な投稿をしてたら、トレーナーに怒られちゃうからね」
愛嬌たっぷりに話すのは、男子砲丸投げF41(低身長クラス)ドイツ代表のニコ・カッペル。前回のリオ・パラリンピック大会で金メダルを獲得したトップアスリートだ。低身長症の特徴を全面に出し、SNS「TikTok」で約20万人のフォロワーを集める人気者だ。
彼のプロフィールの職業欄を見ると、「ATHELETE(競技選手)」としか明記されていないが、その他にも意外な顔を持つ。実は、現役の市議会議員なのだ。
アスリート兼政治家の道
幼少期から陸上競技を始めていたニコが世界を目指すようになったのは13歳の頃。2008年の北京パラリンピックでドイツ代表選手の活躍する姿を見たのがきっかけだった。世界を目指して練習を重ね、2015年に世界大会に出場。初めての世界大会にも関わらず、2位の座に着く鮮烈なデビューを飾った。
世界への挑戦を目指していたちょうどその頃、ドイツ南部に位置する故郷のヴェルテンベルク州のヴェルツハイム市(人口約1万1千人)市議会議員にも手を上げていた。
「町のため、町に住む人たちために役に立ちたい」と立候補すると、2014年、19歳の若さで初当選した。
議員もアスリートも、どちらかに専念した方がいい結果が生まれそうなものだ。しかし、ニコの結果を見ると、そうとも言えない。議員就任後の2016年に当時の世界記録を更新して金メダルを獲得。5年に一度開かれる2019年の選挙で、ニコは再選した。二兎を追う者は一兎をも得ず。そんなことわざを吹き飛ばす生き方だ。
無報酬の市議会議員
日本にも競技選手出身の議員はいる。谷亮子(柔道)、荻原健司(スキー)、橋本聖子(スケート・自転車)など、オリンピックのメダリストは多い。ただし、いずれのケースも現役を退いた後に政治家に転身している。
ドイツでは現役アスリートの議員は一般的なのだろうか。ドイツといえば、先進国の中でも、政治参加の進んだ国。世界の国民議会選挙の投票率のデータ(民主主義・選挙支援国際研究所)を調べると、ドイツの投票率は71.53%で、日本の52.66%よりも格段に高い。市民の暮らしと政治の距離が近いと言える。
ニコに尋ねると、「いや、ドイツでも珍しいです」と首を横に振った。(ひょっとすると、かなりの報酬をもらっているのでは…)と、記者がうがった見方をしていると、それを察したかのように「ボランティアのようなものです」とニコが笑った。議員同士の会議がある時に手当は出るが、「会議後の懇親会に使う程度のわずかなもの」だという。ドイツの地方議員は基本は無報酬だ。
「もとは銀行で数字の勉強をしていたし、障害者の経験もある。そんな自分の経験を町のために活かしたいのです」。
ニコにとって議員活動は、自分の経験を社会に還元するライフワークのようなものなのだ。
怪我に耐えての銅メダル
8月30日、新国立競技場のフィールドに立ったニコ・カッペルは、プレッシャーを跳ね除けるような気持ちで東京パラリンピック砲丸投げT41(低身長クラス)の決勝に臨んでいた。
「楽しもう」。
前回のリオ・パラリンピック大会の金メダリストには、国民からの重圧もあったようだ。怪我の影響もあり、記録も伸びない。最後の投てきを終えると、悔しそうに両手で頭を掻きながらも、笑顔でスタンド席に手を振った。ベストな記録ではなかったが、「メダルを取れて本当に嬉しいよ」と試合後は安堵の表情を浮かべた。
いつでも前向きなニコ。すべての選手が投げ終わると、一緒に戦った選手たちと握手し言葉を交わす姿があった。
試合後にインタヴューをすると、「勝った選手に『おめでとう』と言い、負けた選手には『次を目指して一緒に頑張ろう』と声をかけました。負けた相手との付き合い方は大事で、そうしたフェアネス(公平性)の精神を学べるのがスポーツの魅力です」と語った。
新たな目標は2024年のパリ大会だ。政治家として、アスリートとして活躍するニコ。何かを成すには、何かを犠牲にしなければならないと思いがちだが、それは思い込みかもしれない。「何事も諦めないことだよ」とニコは笑顔でフィールドを後にした。
<試合後のインタヴュー全文>
ーー試合を終えて、率直な感想は?
メダルを取れたことに安堵しています。怪我をして運動ができていなかっただけに、この結果には正直ホッとしています。
ーーどんな心境で競技にのぞみましたか?
まず、自分に集中することに徹底しました。他の選手に気を取られないよう、全力で頑張ること、そして楽しむことを心がけました。ただ、前日から両足が重くて、全力で投げるためには自分を鼓舞する必要がありました。ダイナミックさが感じられませんでした。
ーーその原因は?
怪我があり、競技に長く参加できなかったこともあります。2021年のヨーロッパ大会も13メートル36だった。練習中も厳しいと感じていました。でも、これからの大会は楽しみです。観客も入るようになれば、結果が出てきます。
ーー競技の後、戦った他の全選手と声をかけ、握手していた姿が印象的でした。
フェアネス(公平性)の精神です。金メダルを狙って負けたとしても、誰かが金を取ったら、それは「おめでとう」と言いたいです。
今回も1位と2位の選手には「おめでとう」を、他の選手には「次に向けて頑張って。メダルを目指そう」と伝えました。
ーー現役選手が市議会議員をするケースは珍しいです。ドイツでは一般的ですか?また、報酬はもらっていますか?
選手が同時に議員活動をするのは一般的ではありません。市議会議員は報酬をもらいません。会議の当日に手当がでますが、それはわずかなものです。会議後の懇親会に使う程度です。ボランティアのようなものです。
市議会議員は投票で選ばれたのでプライドになります。議員の仕事は、本当に楽しいものです。競技選手の生活が終わったら、本格的に政治の道に進みたいとも思っています。
ーー初当選は何年からですか?所属政党は?
2014年に初当選して、2019年に再選しました。党派はCDU(ドイツキリスト教民主同盟)です。
ーーメルケル首相と一緒の?
そうです。メルケル首相は面白い人で、好きです。見た目では、そう思えないかもしれませんけどね。
ーーそこまで政治に対して思いがあるのはなぜですか?あなたにとって政治はどういうものですか?
今はローカル(市)の議員活動だから、町のためであり、町の人のために頑張りたいと思っています。もとは銀行で数字の勉強をしていたし、障害者の経験もあります。そんな自分の経験を町のために活かしたいのです。
フェアネスの精神や、みんなを応援し合うような気持ちが学べるのはスポーツの魅力です。これは社会にも活かせるものです。楽しさも伝えたい。みんなが楽しいことに打ち込めるような社会であってほしい。政治の世界でも、そういうメッセージを出していきたい。
ーーこれから何をしたいですか?
一緒に過ごしているガールフレンドと2、3ヶ月の長期旅行にでかけたいです。また、応援してくれた家族と過ごしたいと思います。
2022年は神戸の世界選手権はとても楽しみです。そして、次は2024年のパリ大会ですね。
ーーSNSに投稿しているのはどんな気持ちで?
ハッピーな気持ちを伝えています。みんなが楽しんでくれてるみたいで嬉しいです。投稿するときは、トレーニングが順調なタイミングだけ。調子が悪いのに呑気な投稿をしてたら、トレーナーに怒られちゃうからね。
(取材・文:上垣喜寛/通訳:シュテーヴェーリング・ジェニー)