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パラコラム

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右足切断から復帰したモデル・海音さん 義足を公表して世界が変わった

ランウェイでポーズをとる海音さん(撮影:越智貴雄)

 難病によって12歳で右足を失ったファッションモデルの海音(あまね)さん(19)が、東京パラリンピックの幻の開会式に合わせて8月25日に開催された「切断ヴィーナスショー」で義足を付けて再デビューした。それから約2カ月半。彼女を取り巻く環境には大きな変化が起きていた。

 それまで無名だった人がある日を境に突然、有名人になる。グリム童話になぞらえて「シンデレラ・ストーリー」と呼ばれるものだ。海音さんに起きたことも、それに近いことだったに違いない。

 切断ヴィーナスショーに出演した海音さんの姿は、その日のうちに日本国内だけではなく世界中にニュースとして配信された。英語圏のほかに、バングラデシュでも取り上げられたという。海音さんを取り上げたネット記事「右足切断で12歳で引退したキッズモデル 義足で再デビューするまでの空白の6年間」にはアクセスが殺到し、日本テレビの動画ニュースはYouTubeで350万回以上も再生された(11月18日現在)。

 ここまでの反響は誰も予想していなかったはずだ。その後、公式ホームページすらない19歳のモデルには取材依頼が殺到。ファッションモデルの憧れである雑誌「CanCam」に登場し、テレビ番組の再現ドキュメンタリーでも海音さんの人生が特集されることになった。「オーディションに参加してくれないか」というオファーも多く、なかには外国企業からも連絡があるという。

 ただ、たった1回のファッションショー出演でここまで人生が変わってしまったことに、さすがに戸惑いがあるのではないか。有名になると、見ず知らずの人から心ない誹謗中傷を受けることもある。そんなことを思って「変わったことはありましたか?」と海音さんに聞いてみると、こう話した。

「あんまり変わったことってないんですよね。今まで通りの生活をしているので……。ショーに出演したことでキッズモデルをやっていた時のファンの方から『応援しています』といった連絡が来ました。引退した時は病気のことは何の説明もしていなかったから、うれしかったです」

ランウェイを歩く海音さん(撮影:越智貴雄)

 海音さんは、ショーに出演するまでは家族と担当医以外の人に義足で生活していることをほとんど伝えていなかった。いや、「隠していた」と言ってもいい。それほど義足のことが知られるのを怖れていた。

 それが、海音さんのニュースが広く報じられたことで親戚から「何で言わんかったんや!」という電話もあったという。海音さんの病気のことは知っていたが、義足になっていたことは誰も気づいていなかったのだ。

「今でも癖で座った時にブランケットをかけたり、足を組んだりして右足を隠してしまうんですよね。でも、ショーに出たことでそんなことをする必要がなくなりました。一番変わったことは、心が楽になったことかも。『義足を隠さなくていいんだ』って」(海音さん)

 義足を公表したことで、男性から「右足を触らせてもらっていいですか?」と言われたこともあったという。「いいですよ」と海音さんが気軽に応じると、義足と比べるように左足も一緒に触った人がいた。母親の矢野奈美さんは、

「『それはセクハラやろ!』とツッコミたかった(笑)。でもこうやって笑い話にできるようになったことも、これまではありえなかったことなんです」

 海音さんが病気になってから、奈美さんは右足を切断せずに治療できる病院を探し続けた。その願いが叶わず義足になっても、送り迎えは奈美さんが担当することが多く、親子の関係は他の家族以上に濃密だったことは間違いない。その娘が、義足を公表すると決めた時に不安はなかったのだろうか。

「もちろんありましたよ。ただ、心配といってもショーの途中でコケるんじゃないかとか、そんなことです。公表すること自体は、何も心配していませんでした。いつかこういう日が来ると思っていました」(奈美さん)

 ショーの出演に誘われたことが、新たなステージへ進むきっかけとなった。奈美さんは続ける。

「12歳で右足を切断して、それから義足のことをずっと隠し続けていたことを知ってたから、親の立場から娘に『そろそろ隠すのをやめたら』とは言えなかったんです。いま考えると、誰かが背中を押してくれるのを待っていたのかもしれませんね」

 背中を押された海音さんは、新しい道を歩み始めた。ショーモデルで必要となるウォーキングのレッスンも本格的に開始した。海音さんは「これまでは義足が目立たないように服も選んでいたけど、ファッションも楽しめるようになった」と話す。ガラスの靴ではなく、義足を付けたシンデレラ・ガールの物語は、まだ始まったばかりだ。

(文・土佐豪史)

【海音さんプロフィール】

5歳から12歳までキッズモデル、ジュニアモデル。10歳から12歳まで、アイドル活動。キッズブランドのカタログモデル、雑誌、ファッションショーなど多数出演。12歳の時に多発血管炎性肉芽腫症になり、右足を切断。2019年、モデル活動再開。2020年、切断ヴィーナスショー参加。2021年切断ヴィーナスチャリティーカレンダーモデル出演。インスタ「 @amane_1015_ 」ツイッター「 @amane_1015_ 」ティックトック「 @amane_10 」

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